2014年10月8日水曜日
ノーベル物理学賞 師弟の絆が世界一の栄誉つかむ
ノーベル物理学賞 師弟の絆が世界一の栄誉つかむ
2014年のノーベル物理学賞の受賞者に、名城大学の赤崎 勇教授(85)、名古屋大学の天野 浩教授(54)、カリフォルニア大学の中村修二教授(60)の3人が選ばれた。中村修二
世界一の栄誉をつかんだのは、世界一の師弟の絆だった。
天野教授は、「交通信号機、あれを見て、『これはお父さんがやったんだよ』と言った時もありました」と語った。
世界を変えた青い光は、3人の研究者たちの不屈の精神と、それを支える人たちによって形作られた夢の結晶だった。
名古屋大学の天野教授の研究室の前では、教え子たちが天野教授の等身大パネルを囲んで、万歳三唱。
天野教授の教え子は、「確定した瞬間に、『本当に来たか!』ということで、みんなでワーッという状態」と話した。
わが子のノーベル賞受賞の知らせに、天野教授の母親・祥子さん(79)は、「(電話はあった?)『僕はただ、今までと同じように、これからも一生懸命、これからも頑張るから』と電話があった。『今まで育ててくれて、ありがとう』という、初めてメールがあったね。生きていたかいがあったなと思った」と語った。
その歳月を振り返り、感慨深げにアルバムを見入る母の姿。中村修二
そして、天野教授の長女・彩さんは「研究熱心で仕事熱心で、たまに子どもの時は、もうちょっと遊んでほしいなと思ったこともあったけど、優しいお父さんでした」と話した。
家族に支えられ、「光の革命」とまで呼ばれた偉業の一翼を担った天野教授。
しかし、その道のりは、決して平坦なものではなかった。
名古屋大学のウェブサイトで、天野教授は「わたしは、中学生までは勉強嫌いで、何のために勉強しているのか、ほとんど理解しておりませんでした」とコメントしている。
小学生時代、天野さんは、勉強より、ソフトボールやサッカーに熱中していて、中学に入ると、今度はアマチュア無線に夢中になっていた。
その後、名古屋大学に進学。
3学年を終え、卒業研究を決める際に、赤崎研究室が掲げている、まだ誰も成功していない「青色発光ダイオードの研究」というテーマを見た瞬間に、「これだ! 自分が世界で一番になれる可能性がある」と脳裏によぎったという。
こうして、同じくノーベル賞を受賞した赤崎 勇教授との師弟関係が始まった。
しかし、20世紀中の開発は無理といわれていた研究は、困難を極め、1,500回以上も失敗が続いた。
天野教授は「実験をやると、たいてい失敗するわけですよ。1日に3回とか4回やるんですけど、その都度めげるわけですよ。だけど、若い時って、いったん下宿に帰って寝て、起きると、また新しいアイデアがわいてくる」と話した。
度重なる失敗。
しかし、天野教授は、決して諦めなかった。
青色発光ダイオードは、数え切れぬ失敗から生まれたものだった。
天野教授は、「実験をやっている時に、たまたまきれいな結晶ができて、心の底から驚きました」と語った。
青色発光ダイオードを開発するのに必要な物質の結晶を作る電気炉の調子が悪く、温度が上がらなかったため、通常と異なる別の方法を試したところ、偶然うまくいき、青色発光ダイオードの開発成功に結びついた。
天野教授は、「これは、できるのが当たり前だと思ってやっていたんですね。そういう信念を持っていれば、方針さえ間違っていなければ、たぶん必ずできると思うんですよ。諦めないことですね」と語った。中村修二
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