2014年10月12日日曜日

20歳の新星。日本ハム・上沢直之が描く奇跡の成長曲線

20歳の新星。日本ハム・上沢直之が描く奇跡の成長曲線  4月16日、京セラドーム。日本ハムの3年目右腕・上沢直之(うわさわ・なおゆき)がオリックス・バッファローズの強打者たちを次々に打ち取っていく。上沢  6回が終わる。まだ1本のヒットも許していない。それどころか、打球が外野に飛ばない。ここまで18のアウトのうち、12のアウトを日本ハム内野陣がさばいていた。上沢  187センチの長身から投げ下ろしてくるオーバーハンド。それなのに、高く抜けるボールがほとんどない。徹底して低目を突くストレートはアベレージで130キロ後半。打者を圧倒する数字じゃないが、スライダー、カーブ、チェンジアップにフォークボールを交えて低く集める。目から遠い位置の”仕事”は精度が落ちる。オリックスのバッターは打ち損じの内野ゴロを次々と繰り返していた。  4年前、千葉・専大松戸高3年の上沢のピッチングを見た。  長身を持て余していない、しなやかな投球フォーム。左足を上げて、そこで真っすぐに立とうとする意識がはっきり見えていた。ただの力任せの本格派じゃない。145キロ前後のスピードを持っていながら、それをひけらかすことなく、フォームの合理性に気を配りながら、持ち球とのコンビネーションを有効活用して投げている。きちんと教わったことを理解しながら投げている。スタンドからも、そんな上沢の”輪郭”が見てとれた。 「持丸(修一)監督の指導が徹底していましたね」  専大松戸高の野球部部長・森岡健太郎が上沢の高校時代を振り返る。 「とにかく腕を振って低めに、低めに。上沢が1年生の時から、つきっきりで教え込んでいました。150キロ投げたって、ベルトの高さに行ったら打たれますから。4月16日のオリックス戦のピッチングもテレビで見ていたんですけど、2戦目(9日)よりもゾーンが低くて、丁寧に投げていましたね」  長身と長いリーチ、体を使いこなせるボディーバランスの良さ。入学した頃から、フィジカルの素質は将来のプロを予感させた。しかし、本人の”思いの強さ”がなかなかついていかなかった。 「肝心な試合になると、あちこち痛がるような弱さがありました。彼が2年生の夏ですね。千葉県大会、東海大望洋との準決勝の日も腰が痛いと言って……上沢はエースナンバーをつけていたんですけど、先発を代わったんです」  先制されて中押しされて、リリーフで上沢がマウンドに上がった時には、試合の決着はついていた。 「酷な言い方かもしれませんけど、上級生をずいぶん泣かせてきた子です。でも、その夏の不甲斐なさで目が覚めたのかな。新チームになって、目の色が変わったんです。練習でも、どうするかなと思って見ていると、自分から外野に行って走ったり、遠投をやったり、野球への取り組みがガラッと変わったんです。そういえば、顔つきも。頼りなかったのが、目つきがしっかりしてきたんです」  16日の試合、7回に先頭打者の糸井嘉男に初安打を許すと、その後2本の本塁打を続けられて3点を奪われると、この回でマウンドを降りた。上沢 「チームが勝てればいいです」  上沢は淡々と胸中を明かした。 「自分が気持ちいいピッチングより、チームが勝つピッチング。これも、持丸監督がことあるごとに彼に言い聞かせていたことのひとつです。ここまで投げられるようになったのは、日本ハムさんの指導のおかげなんですけど、もう一方で、高校で教わったことが基盤になっているようにも見えるのが嬉しいですね」  本人がひたむきに頑張った成果だと思う。確かにそうだろう。素晴らしい指導があっても、本人が努力しなければ結果は生まれない。 「真っすぐな性格のヤツです。まだ若いのに、聞く耳を持っている。高校の頃も、レギュラーも控えも分け隔てなく付き合って、自分のミスには下級生にも『すいません』って言えるヤツでした。(プロでも)かわいがってもらえると思います」  小学校時代はサッカーに夢中で、中学では軟式野球部の控え投手だった。 「そんな彼が、高校でエースピッチャーになって、今はプロで、こうやって一軍で頑張れている。野球が面白くてしょうがないんじゃないですかねぇ」  昨年の12月、専大松戸高のグラウンドに戻ってきた上沢は次のように言ったという。 「楽しいです。そして、厳しいです」  短い言葉の中に、最初の正念場である“3年目”を迎える思いがこもっていた。 「優しそうなイケメンに見えて、よく見ると一本、芯が通っている。あの顔の通りのヤツです」上沢 armen 通販 avirex 店舗 bark バブアー mens casual コロンビア DANTON フレッドペリー G-STAR RAW Gymphlex herno lee ジーンズ mizuiro-ind

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