2014年10月16日木曜日
NBAは夢物語じゃない。富樫勇樹の挑戦は続く。~167cmの“小さな巨人”となれ~
NBAは夢物語じゃない。富樫勇樹の挑戦は続く。~167cmの“小さな巨人”となれ~
「新潟もアメリカも、変わりないかなと思って」
2年半前、アメリカの強豪高校モントロス・クリスチャンに留学していた富樫勇樹に、アメリカの高校に進学した理由を聞いたときに返ってきた答えだ。
新潟の本丸中学時代に全国大会で優勝し、年代別の日本代表に選ばれていた彼は中学時代から国内で注目選手。アメリカの高校に進学することが発表になると、「本場アメリカに挑戦」と大きく取り上げられていた。それでも、本人には気負ったところがまったくなかった。
そんな彼が7月、NBAの扉の手前に立った。ラスベガスで行われていた、NBAへの登竜門的な短期リーグであるNBAサマーリーグに、ダラス・マーベリックスの一員として出場したのだ。日本人選手としては史上4人目の快挙だ。富樫勇樹
こう書くと、アメリカの高校で自信をつけた結果だと思うかもしれない。しかし高校時代の富樫はチームの中心選手というわけでもなく、NBAとの距離感を肌で感じていただけに、NBAを目標として口にすることすらなかった。
bjリーグ秋田での大活躍を自信に再びアメリカへ。
高校卒業後、アメリカの大学から望んでいたような勧誘がなかったために帰国。bjリーグの秋田ノーザンハピネッツに入団し、プロとしてのキャリアをスタートさせた。1年半の間に新人賞、アシスト王、オールスターMVPに輝く活躍を見せると、「個人的に納得できる数字が残せたので海外挑戦したいと思った」と、またひょいと国境を越えてアメリカに戻った。
7月30日で21歳になったばかりで若く、167cmと、日本の成人男子の平均より小柄な富樫は、サマーリーグに出ていたNBA選手や予備軍の中に入ると、まるで一人だけ子供が混じっているようにも見えた。判官贔屓のファンたちの間では、いつの間にか“トガ”の愛称で呼ばれるようになり、彼がボールを持つと、期待のざわめきも起こった。
2mを超える相手を手玉に取ったフローターショット。
ある意味、色物的に見ていたファンの視線が変わったのは4試合目、7月16日のシャーロット・ホーネッツ戦のことだった。交代で試合に出てきた富樫は、身体を張ったディフェンスで相手選手のチャージングを取ったかと思うと、3ポイントシュートを決め、さらには果敢にインサイドに攻め込み、2mを超えるディフェンスが伸ばした手の上を越えるような絶妙なフローターショットを決めた。
この試合を境に、アメリカのメディアやファンにとって、富樫は単なるチビっこ選手から、NBAに挑む若者に変わった。結局、この試合では11分弱の出場時間で12点をあげる活躍で、試合後には、多くのアメリカ人メディアにも囲まれた。富樫勇樹
とはいえ、これですぐに扉が開くほど、NBAは簡単な世界ではない。そのことは、実際にコートで戦った本人も十分にわかっていた。サマーリーグを経験して自信になった一方で、「自分に何が足りないかがわかった」とも言っていた。
「NBAがだめでも、傘下のDリーグでプレーできれば」
それでもサマーリーグの8日間で、富樫勇樹の名前はNBA関係者の間で知られるようになった。そのことで、秋からのNBA傘下のDリーグ・チーム入りへの道も開けた。アメリカでは無名だった彼が、正式にNBAへの挑戦権を得たようなものだ。それだけでも、サマーリーグ出場は成功だったと言っていい。
富樫も「NBAがだめでも、Dリーグでプレーできれば」と言う。
挑戦はまだ始まったばかりだ。富樫勇樹
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