2014年10月14日火曜日

対論「マイルドヤンキー」の出現…原田曜平さん×堀田純司さん

対論「マイルドヤンキー」の出現…原田曜平さん×堀田純司さん 今年に入り、マイルドヤンキーという言葉が提唱され、話題を呼んでいる。マイルドヤンキー  従来の〈ヤンキー=不良〉とは何が違うのか。そして、違いをもたらした要因とは。提唱者の原田曜平さん、若者文化に詳しい堀田純司さんの識者2人に聞いた。  今年1月に出版した本で、初めてマイルドヤンキーという言葉を使った。各地の若者の家庭訪問調査を約15年にわたって行い、彼らの変化に気付いたからだ。執筆にあたり新たに135人を調査し、通算では約1000人に話を聞いた。こうした若者は年々、確実に増えている。  厳密な定義付けは難しいが、10年前であればヤンキーだったであろう若者たちが、反社会性を薄め、マイルドになっていることが大きな特徴だ。友人関係を大事にし、家族との関係もかなり良好で、平穏な生活を切に望む。日常的に車を使う生活を送り、地元志向で東京への憧れがない。ファッションも洗練されており、かつてのヤンキーとはかなり違う。  一方で酒やたばこ、パチンコなど消費行動はかつてとあまり変わらない。また、誤解されがちだが、マイルドヤンキーは地方の方が多いにしろ、東京都区部や東京郊外にもいる。そして、保守的な生活や価値観を持っているものの、保守政党に親和的なわけではなく、政治にはまったく無関心だ。マイルドヤンキー  彼らは1990年代前半以降に生まれた、無駄な消費や努力をせず、過剰な希望も絶望も抱かない「さとり世代」の一形態だ。若者はいつの時代も弱者で純粋だから、少しでも自分たちの裁量権を増やそうと、ほかの世代より早く変化する。時代を先取りする存在なのだ。  例えば、ケンカや大人への反抗が減ったのも、それをしても得られるものがないことに気付いたから。地元志向にしても、子育てなら実家のそばが有利だし、生活に関わる情報も家族や友人経由で得やすい。社会の変化に即し、賢くなっているともいえる。  彼らを生みだした背景は、メンタリティーの変化だけではなく、外部環境の変化も大きい。大型ショッピングモールの全国展開は、どこに住んでいても同じような消費ができると、地元志向を高めた。EXILEのようなセンスのいい芸能人が増え、かつての「バッドセンス」が駆逐された。  また、彼らの出現は、経済の発展が一段落して国が成熟ステージに入ったことの証しでもある。東南アジアや中国などでも同様の若者調査を行っているが、豊かになると国を問わず、同じ傾向が見られてくる。旧来の価値観を是とする人々からすれば、マイルドヤンキーや現在の日本の若者は、ダメな人間に見えるだろう。だが10年後、20年後には、アジアの国々は同じような若者ばかりになるのでは。  その点で日本の大企業は、若者の変化を捉え切れていない。戦後からバブル期までの、地方が東京に憧れるという構図は崩れているのに、ほとんど東京でしか若者や市場の調査をせず、しかもインターネット経由で行われている。マイルドヤンキーはIT活用能力が低く、これでは実態などつかめるはずがない。  若者の犯罪が減り、反抗も減った。仕事さえあれば地方に残ることが普通の時代になった。総合的に考えれば、マイルドヤンキーはこのままでいいのではないか。彼らの生き方は、本来の日本人の生活を取り戻したともいえ、成熟社会で生きるヒントがある。そもそも人はそこまで移動して暮らさない。戦後が異常だっただけだ。  心配なのは、エリート層の若者までマイルドヤンキー化していることだ。階層化が進んだ現在も一億総中流の幻想が残り、国民を食わせていくために優秀な経営者や起業家になろう、という発想が弱い。決してマイルドではない中国や韓国のエリート層の若者と話していると、非常に心配になる。  ◇はらだ・ようへい 1977年、東京都生まれ。博報堂ブランドデザイン若者研究所リーダー。著書に『ヤンキー経済』『さとり世代』など。マイルドヤンキー  マイルドヤンキーというと新しく出現したようだが、地方には以前からいる、普通の生活者のことだと思う。地元を愛し、そこにある人間関係を大切に暮らしていくのは、元々、日本の価値観。みんなが都会を目指していたのは、戦後の特殊な現象に過ぎない。  そもそも日本人は、ヤンキー的なものが大好きだ。漫画家の根本敬さんはかつて、「日本人の9割はヤンキーとファンシーで出来ている」と指摘したが、今もあてはまる。ヤンキーを題材にした作品の多い漫画誌「週刊ヤングマガジン」や「週刊ヤングジャンプ」は、オタク雑誌をはるかに上回る部数だ。また、アイドルオタクにしても、野球やサッカーの応援団にしても、だんだん「○○命」や「関東○○会」といったようにヤンキー化していく。地方に行けばクラスの何割かはヤンキー的だし、漫画誌もEXILEも小室哲哉さんも、若者のヤンキー性に訴える物づくりをしてきていた。  ではなぜ今、マイルドヤンキーがもてはやされるのか。それは、メディアの目が普通の人々に向き始め、彼らを指し示す秀逸な言葉が出たからだ。というのも、1990年代以降、消費文化の面でメディアの目はオタクに向きすぎ、普通の人々を見失っていた。それが近年、行き着くところまで行き着き、反転した。原田氏の命名は、時期も含め非常に適切なマーケティング(市場創造)だった。  加えて、インテリや言論人は圧倒的にオタクであり、ヤンキーではない。必然的にヤンキー性のある言論は表に出にくい。顕著な例は、NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」。アイドルなどオタクが好む要素が盛り込まれ、言論人が大喜びでたくさん言葉にしていた。だが、その後の「ごちそうさん」や「花子とアン」は、視聴率は上回るものの、あまり取り上げられない。言論人がヤンキーを揶揄やゆ的に見ることも、彼らとヤンキーの距離を表している。マイルドヤンキー  ただ、現代では反社会的な若者を指す意味での「ヤンキー」という言葉が、使われなくなってきている。背景には、大人社会の権威がなくなり、大人の物わかりも良くなったことがある。  そんな中で暴力を振るったり、反社会的な行動をしたりする不良は、かなり特殊な層で、数も少なくなった。彼らは「DQN(ドキュン)」と呼ばれるが、従来のヤンキーとはまったく違う。人間関係のルールを年長者から教えてもらえず、自らの欲望を一切制御できずに成長した。厳しい校則や体罰が日常的にあった時代、ヤンキーには既成の権威に対する挑戦者というニュアンスがあり、マンガや映画で肯定的に扱われていた面があった。だが、DQNにはそれがない。「ヤンキー先生」はいても、「DQN先生」はあり得ない。  今後、DQNはますます無軌道の存在となっていき、社会の二分化が進むだろう。一体感のあった1960年代のような社会は、二度と戻ってこない。社会には、すでにゾーニング(区分化)が起き始めており、普通の生活者の間には、「DQNが来る店には行かない」という傾向が出始めている。  一方で、普通の人々、つまりマイルドヤンキーに目が向けられ始めたことで、これまでも変わらずにあった地方生活者の価値観が見直されつつある。今後はいい面もたくさん見えてくるのではないか。これまで地方の土俗を肯定的に扱う場合、すぐに農業回帰となったが、そうではない土俗や新しい社会の秩序が、意外と早く見えてくるかもしれない。  ◇ほった・じゅんじ 1969年、大阪府生まれ。作家、編集者。著書に『僕とツンデレとハイデガー』など。『生協の白石さん』など企画も。マイルドヤンキー ヘッドホン iphone イヤホン 密閉型ヘッドホン カナル型イヤホン dj ヘッドホン ノイズキャンセリング イヤホン ヘッドホンアンプ おすすめ bluetooth イヤホン おすすめ ヘッドホンアンプ akg k77 shure se215 akg k99 ath-a900x ath-pro5mk2 m50

0 件のコメント:

コメントを投稿