2014年10月16日木曜日

異文化で確かな功績を残した落合英二自費参加から「韓国一の投手コーチ」に

異文化で確かな功績を残した落合英二自費参加から「韓国一の投手コーチ」に 「しばらくはドラゴンズの試合を見る勇気がありませんでした」落合英二 「“韓国でコーチをやるなんて都落ちだ”と言われました」。  2002年、日韓共催のサッカーワールドカップ開催で韓国中が真っ赤に染まっていた頃、韓国プロ野球でただ一人の日本人コーチだった清家政和(元埼玉西武コーチ)はそう話した。  それから10年。日本と韓国、両球界の関係は大きく変化した。05年から始まったアジアシリーズ、08年の北京オリンピック、そして来年3回目を迎えるワールド・ベースボール・クラシック。これらの国際大会を通して交流と相互理解が増し、08年からの5年間で韓国の球団に所属した日本人コーチは26人に上った。彼らは「都落ち」と言われることなく、千葉ロッテの新監督に就任した伊東勤(斗山)を始め、伊勢孝夫(SK→東京ヤクルト)、杉本正(KIA→埼玉西武)、関川浩一(SK→東北楽天→阪神)ら12人の日本人が帰国後、日本球界で現場復帰している。  その多くが日本での指導者経験を買われて韓国に渡った中、韓国でコーチ修行をスタートし、のちに「韓国一の投手コーチ」と評価されるまでになった人物がいる。現役時代、中日でセットアッパーとして活躍した落合英二(43=サムスン投手コーチ)だ。落合が所属するサムスンはリーグトップの投手力で昨季、今季と2年連続で公式戦1位を果たした。 「引退してしばらくはドラゴンズの試合を見る勇気がありませんでした。現役にまだ未練があったんですよね」  06年、37歳で現役を引退した落合は、翌07年5月、日本を離れた。自分の気持ちに整理をつけるため。そして、ともに中日のリリーフ陣をけん引した宣銅烈が監督を務める韓国・サムスンで、自費参加のコーチ研修をするためだ。「観光ビザで滞在できる3カ月間のコーチ研修でした。宣さんから言われたのは、“韓国のピッチャーは細かいコントロールがない。力任せで投げているからそれを直してほしい”ということでした」 故障を防ぐための意識改革「このままだったら長持ちしない」  その後、落合は日本での評論家生活を経て、10年のシーズンから宣の要請により1軍投手コーチに就任した。日本人コーチに求められるのは高い技術と、知識と経験に裏打ちされた方法論の伝授。また、選手への先入観がないことが長所となる。しかし落合は選手に技術を伝える以前に、韓国の投手にある問題を感じた。 「選手個々の意識を変えなければいけないと思いました。日本だったら先輩の姿を見て、自主的に考えて練習をします。例えばキャッチボール一つにしても確認するポイントがありますが、彼らの練習はメニュー通りにこなす、やらされる練習。ベテラン投手でさえそうですから、まず彼らの意識を変えることに苦労しました」 落合英二  落合が選手の意識に執着した理由、それは「このままだったら長持ちしない、故障する」と感じたからだった。落合自身、現役時代に右肘、右肩痛と故障と戦ってきた。選手に同じ思いを味わわせたくなかった。意識を変えるというと、押し付け型の指導になりがちだが、落合はそうはしなかった。「型にはめないこと、個性をつぶさないこと、そして、感性は教えられないので、自分で気がつくまで見守り続けました。そうすればきっと、目の色が変わる時が来るはずだと。そう信じてその時までこちらは答えを持って準備しました」。落合は1軍コーチでありながら、育成役も兼ねるような立場を担った。 宜監督の解任後、新監督からの言葉「落合コーチに全て任せる」  一方、試合の中でも歯がゆさがあった。投手起用については投手出身の宣監督が全て決めていたからだ。「最初のうちは“自分だったらこうしたい”と考えながら見ていましたが、だんだん余裕がなくなって、監督が使いたい投手をそろえることが、仕事の中心になっていました」  しかし、落合に思わぬ転機が訪れる。落合がコーチ1年目を終えた10年のオフ、契約を4年残す宣が監督を電撃解任されたのだ。チームの生え抜きOBを監督に据えたい親会社の意向だった。落合は宣あっての韓国球界入りということもあり、球団に辞意を伝える。しかし球団は強く慰留、新監督もそれを望んだ。監督の座についたのはフランチャイズスターの元遊撃手で、長年サムスンでコーチを務めた柳仲逸(49)。柳監督は落合に、「1年間このチームを見てきたのだからこれからも一緒にやろう。私はピッチャーのことは分からないから、落合コーチに全て任せる」と落合に投手起用の権限を与えた。 経験を生かした投手起用で成績が飛躍的に向上  もともと、優れた投手を数多く抱えるサムスンだが、落合が投手起用を任されてからは、特にリリーフ陣の成績が飛躍的に向上した。前年10年のサムスンの中継ぎ投手の成績は38勝10敗33セーブ44ホールドで防御率3.35。この数字でもリーグトップだが、11年は20勝10敗48セーブ74ホールド、防御率2.44と前年に勝り、今年は14勝17敗39セーブ71ホールドで防御率は2.64。2年連続防御率2点台、リーグ1の好結果を残している。中継ぎの勝利数が減少したのは先発投手が勝ち星を重ね、2番手投手以降のロングリリーフが減ったからだ。  落合は自身の経験を投手起用に反映させた。「ランナーがいる苦しい場面ではマウンドに上がりたくなかったですから、なるべく回の頭から使ってあげて、良いところで交代しました。そうしないと疲れちゃいます」。その起用法に選手も信頼を寄せる。プロ8年目の今年、韓国の通算セーブ記録227個を更新した守護神・呉昇桓(30)はこう話す。「落合コーチが1イニング限定で使ってくれるので、シーズン中、しんどくなることはありません」 監督、投手を納得させる根拠のある言葉  また、落合が当初から気にしていた選手の意識にも、変化が出てきた。「昨年の夏ごろから、それぞれが反省のポイントを理解して質問するようになってきました。でもそれは僕の力じゃなくて素直な選手たちに恵まれたからです。そして言葉の壁を感じさせなかった通訳さんのおかげです」落合英二  落合を“分身”として支えてきた通訳の金容成氏(34)は落合について、「選手に指導する時やほめる時、監督に投手交代を相談する時に、必ず相手を納得させる根拠のある内容を伝えていました。感情的にならないという、優秀な指導者の条件を持っている人です」と話す。  落合の人心掌握術は10月24日のSKとの韓国シリーズ第1戦でも垣間見られた。2対1、サムスンリードで迎えた6回表、1死二塁で3番打者を迎えたところで、落合はマウンドに向かった。落合は5回3分の1を1失点と好投していた先発の尹盛桓(31)に言葉をかけ、尹盛桓はマウンドを降りた。尹盛桓は試合後、この交代について、「もう少し投げたかったですが、落合コーチに“2対0だったら続投だけど、2対1だから申し訳ないが交代するよ”と言われたので納得しました」と話した。  しかし落合が投手交代を決めた理由は、尹盛桓に伝えた言葉とは違った。「尹盛桓のボールは高めに浮いていたし、3、4番に回るのであの場面で代えることは決めていました。まあ、嘘も方便ですね」 「自分をほめるなら、けが人を出さなかったことだけ」  サムスンが公式戦1位を決めた10月1日、柳監督はペナントレース制覇の要因についてテレビカメラを前に、「投手陣をまとめてくれた落合コーチと金泰漢コーチ(43)のおかげ」と落合の名を挙げ、感謝を口にした。選手、監督の落合への厚い信頼。しかし落合は今年限りで韓国を去ることを決めた。「3年いましたし、しばらくは現場を離れて家族のために過ごそうと思います。そして僕がいると金泰漢コーチがブルペン担当のままになってしまいます。金泰漢コーチには1、2軍の入れ替えとか助けてもらったし、早くメーンのコーチでやってもらいたいです」。  落合は韓国でのコーチ生活について、「もし自分をほめるなら、けが人を出さなかったことだけ」と謙遜し、「この3年間には良い思い出しかない」と振り返った。しかし金通訳は「韓国はコーチの食事会を頻繁に行ったり、公私の境目が曖昧なので、精神面で苦労したこともあると思います。でもそれを見せませんでした」と話す。文化の違いにも落合は適応していった。  韓国で活動した日本人コーチには、環境や仕組みになじめずに帰国した者も少なくない。そんな中、落合は韓国でキャリアを積み、「対話と他者の尊重」で成果も残した。その功績は日韓球界の人的交流に吹き込んだ新たな風となった。落合英二 スニーカー 人気 人気 靴 女性 ファッション バッグ 人気ブランド レディース バッグ 人気ブランド 春 アウター レディース パンツ \マキシワンピ アクセサリー キャップ レディース カジュアルファッション メンズ 2014 メンズファッション メンズ ボトムス トートバッグ メンズ 人気

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