2014年10月12日日曜日
レイテ海戦スリガオ海峡の戦いにおける、猪突猛進型の指揮官西村祥治中将
レイテ海戦スリガオ海峡の戦いにおける、猪突猛進型の指揮官西村祥治中将
先に紹介したアッツ島沖海戦における細萱中将の艦隊指揮は、
最初から最後まで優柔不断であった。スリガオ海峡
戦力としては間違いなく優勢であるのに、
遠距離砲戦に終始し、
ほとんど戦果を挙げることはなかった。
このため海戦終了後、
信賞必罰を明確にしたがらない日本海軍上層部にあっても
細萱の責任を追及し、予備役に編入せざるを得なかった。
この細萱と対称的な指揮ぶりを見せたのが、
昭和19年秋のスリガオ海峡の戦いにおける西村祥治中将である。
彼は4つの戦いからなるフィリピン/レイテ湾海戦の一つである、
スリガオ海峡戦の際、猛烈な勇敢さを発揮した。
この意味では細萱とは正反対といえる。
しかしその闘志はまるで効を奏さず、
ひとことで表現すれば典型的な”猪突猛進”という表現に尽きる。
敵情をなんら偵察、分析することなく突進し、
待ち構える敵の大艦隊によって壊滅的としかいいようのない
損害を出してしまったのである。
この事実は互いの艦艇損失数、戦死者数によって明確にされている。
日本側は戦艦2、重巡3隻をはじめ駆逐艦多数が沈没、
そして3000名近い戦死者をだしてしまった。
これにたいしてアメリカ側は3隻の魚雷艇(80トン)を失ったのみ、
戦死者は50名前後であった。
つまり戦死者を数えるとなんと60分の1にすぎない。
損失排水量(軍艦のトン数)に至っては6万トン対200トンと、
記すことが恥ずかしくなるくらいの大差というほかはない。
この原因はコの態勢をとって待ち構える敵艦隊のなかに、
相手よりずっと少ない戦力で飛び込んでいくという西村の指揮にあった。
ともかく前述のごとく 偵察もろくにせず、
ただただ突進するという無謀さ。
アメリカ艦隊はそれを三方向から包み込んで砲撃するだけで、
圧倒的な勝利を得ている。スリガオ海峡
この時のアメリカ側の報告書によると
「この戦いはたんなる砲撃演習にすぎなかった」
あるいは「日本の戦艦はまるで溶鉱炉の中の鉄くずのごとく溶けていった」
と表現されている。
本来ならこのとき戦死している西村の指揮ぶりを非難することは避けたいところだが、
3000名の日本兵が、ただアメリカ側を喜ばせるために戦史したような戦いの状況を知るとき、筆を執らずにはすまないのである。
西村は座乗している戦艦が敵の魚雷を受けた際、
「旗艦の損害をかえりみず、敵を攻撃せよ」という信号を掲げた。
これはなんとも闘志溢れるものではある。
が、冷静に分析すると首をかしげざるを得ない。
なにしろ敵の戦力も、そして態勢も全く不明のままでは、
攻撃しようにも手の打ちようがないではないか。
実際、日本軍は魚雷を発射しているが、
その目標は敵艦とまちがって海岸の小島であったと伝えられている。
”敵を知り、己を知れば、百戦危うからず”
といった文章を掲げるまでもなく、
言葉だけの闘志はほとんど敵に損害を与えることなく
無残に全滅した日本艦隊にとってなんの意味も持たなかった。
いいかえるとスリガオ海峡の戦いは、
海戦の歴史の中で最悪の例となっている。
この原因はいうまでもなく、西村と彼の幕僚にあったのであった。スリガオ海峡
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